山越編集長の知恵袋
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山越編集長の知恵袋

編集長 山越信治
<プロフィール>
駒ヶ根グリーンホテル専務取締役総料理長
公益社団法人日本調理師会理事
広報誌「にっちょう」編集長
長野県調理師会食育推進部長
全日本技能士連合会調理マイスター

(2013年12月13日)駐車禁止の道路標識

駐車禁止

 

 

駐車禁止の道路標識

私は学校で教えない事を面白く話しています。駐車禁止の丸い標識は、青の地に赤の斜め線が入っている柄であり、目立つ色が赤、反対色として青である。ところが斜めの赤い線は左から右か、右から左か質問されると、判断できない。

しかし、こう話すと絶対忘れない。左から右に線があり、意味がある。禁止だからNOで頭文字の模様化したのが道路標識になっているのです。こういう覚え方も面白いでしょう。人に教えたくなる覚え方を話す事が印象に残るのである。

(2013年11月12日) 1つの答えでも何種のやり方がある

 1つの答えでも何種のやり方がある

技術というもの、そして指導というものはいろいろな技法があるものだ。

日本で掛算といえば、九九である。7×9を掛ける時、小さい数が先にくれば63の数が浮かぶものだ。ところが9×7として「9」が先に来ると答えが浮かばないが、瞬間的に小さい数を先にして計算し、63の答えを出す。たった一つの掛算も二種類の掛け算をしているのだ。

世界ではインドの二桁の掛け算しまで暗算出来る。ヨーロッパでは5×5=25迄だ。その後は指計算する。7×9の場合、左手の親指から7の数を指で折る。すると小指と薬指2本が立つ。今度は9の数を右で親指から折ると4本が立つ、たっている指左手2本と右手4本を足すと6本。これを1本10として60の数になる。折った左手3本と右手1本を掛けると3の数になる。先程の60と3を足すと63という数になる。これが欧州の計算の仕方である。たった一桁の掛け算でさえいろいろなやり方があるのだ。つまり、これしか無いと思っていた技術でも、他にもやり方があるのだ。だから多くの方から学ぶことが大切である。

料理においても同じ料理であっても過程が異なることはあり、例えば葱の微塵切りはたて割りを数か所入れてから切る場合いもあれば、蛇腹に包丁してから小口切りをしても微塵切りになるし、大量に切る場合は何本纏めて切れば散からずに微塵に切ることができる。

日頃から柔らかい頭を持ち、一番適した技法を使うことである。

(2013年10月18日)皇女和宮と木曽街道

皇女和宮と木曽街道

幕末文久元年(1861年)孝明天皇の妹君、明治天皇の叔母にあたる和宮親子(ちかこ)内親王の徳川14第将軍家茂への御輿入れがあった。この御輿入れは中山道を江戸側から1万5千人、宮付きの役員4百人、京都側から1万人、雇われ人足4千人、計3万人の大行列であり、その長さは15キロに達し、これは先頭が1つの宿場に着いた時、最後尾は3~4つ手前の宿場にやっと到着したほどのものである。事実宿場は3~4宿場に分宿し、この行列が終わる迄の4日間は前例がなく、これだけの行列は大変な事であったという。立ち寄る宿場では、障子の張り替え、白刃や銃弾を予防の為畳には真綿を入れ、本陣では御用所、風呂は新築し、大変な経費負担がかかったのである。

また、街道や枝道も規制され、御輿を見下してはならぬと2階節穴はふさげ、寺も鐘をならすな、水車は止めよ、牛馬も鳴かせるなという事までお触れが出された。これには宿場の役付きも、夜逃げした人が多かったという。

11月1日中津川から三留野に入り留泊。2日目が上松、3日目が薮原、4日目本山とかかり京都から江戸まで予定より10日遅れ24日かかって、11月24日に江戸に着いたのである。

陰暦の11月といえば真冬。宿場に留まり切れず、下級武士は寺や神社の軒下にゴザを敷き、蓑(みの)を掛けて寝たといいますから旅も命がけですね。

明治に入り、鉄道や道路の開通により街道宿場も寂れ、当時の状況記録は和紙に記載されていた為に売り渡され、木曽街道の当時の記録は余りありません。

 

現在の岐阜市、加納宿の御献立

加納宿の夕飯

膾(なます)鰈(かれい)みぞれ大根 二杯酢

汁   赤味噌 蕪(かぶら)少々

香之物(こうのもの)奈良漬瓜 沢庵

平  牡丹海老 生湯葉 百合根 葉山椒

焼物 生ぶりの付焼

木曽街道 食事絵(25.10)

加納宿の朝飯

坪  生いか 小いも きくらげ 藻ずく

汁  赤味噌 青菜

香之物 奈良漬瓜 沢庵

平  半平(はんぺい)水菜 椎茸

焼物 かけ醤油の小鯛

 

下諏訪宿の夕食

膾   河ます(かわます)

白髪大根

平   古い骨切り(こいのほねぎり)

ささがきごぼう

汁   赤だし

香の物 奈良漬け

御飯

焼物  うなぎのかばやき

(2013年9月3日)  食べ物江戸話し

 江戸後期、江戸浅草山谷に高級料理屋「八百善」があった。最初は八百屋を営む傍ら、仕出し店をしていた。やがて料理茶屋を開業、4代目栗山善四郎の代になって八百善は高級料理店として人気になる。善四郎は若い頃から旅が好きで各地の名物を食べ、旅日記に書き残し、一方、三味線、俳諧をたしなみ、これを来客に話し、益々評判を呼んだ。八尾善のそんな戒めの話を書いてみました。

 

幾ら金をかけても

ある三人連れの客が、「幾ら金が掛かっても良いから上手い茶漬けを造ってくれないか」と注文した。半日あまりも待たされた後で、瓜と茄子の漬物、そして茶漬けを出された。食べ終わり、勘定を聞くと何と一両二分(約22万5千円)。客は「あまりにも高いではないか」と言うと、「お客様は、幾ら掛かっても良いから旨い茶漬けをと、ご注文頂きましたので、茶は宇治から、この茶に合う水を多摩川迄汲みに行った早飛脚代であります。決して棒利している分けではありません」と言われ、現在でも、金に糸目はつけないからという注文は戒めの言葉になっております。

 

西瓜の話

夏の夕方、湯あがりのお客が店に入り、部屋に通されました。食台の上に西瓜を切って皿に盛られてありました。湯上りですから丁度良いと、その西瓜を口にしたのです。その時、女中が出てきて「お客様、西瓜食べてしまいましたか」。客は「丁度そこに西瓜が出ていたのでね」。女中は「私どもの店では、西瓜は食べる為に出したのではありません。蠅寄せの為に出したのです」と。がつがつして食べてはいけませんという話ですね。

 

豆腐

ある客が刺身を食べに入る。出てきたものは、豆腐が最初に出された。客は「俺は刺身を注文したけど冷豆腐なんか注文していない」と怒鳴りつけた。女中は「豆腐は食べる為に出したのではありません。刺身を食べると箸が生臭くなる為、豆腐に刺し臭みを消して食べて頂く為にお出ししたのです」。店に入れば知ったかぶりをせず、冷静に対応する。これがお客さんになる資格ではないでしょうか。

 

包丁を研ぐ

料理通の客が来店することを主人で料理人の善四郎は聞いていた。そこで念入りに包丁を研ぎ、鯛の刺身を出したところ、食通の客に「この鯛は鉄臭い」と言われてしまう。そこで善四郎は店の一番高価な椀を割り、この椀片で鯛の身をこそげ取って刺身にして出した。すると食通の客は大変喜んだと言われる。包丁は前日に良く砥石で研ぎ、綺麗に洗い、水分をふき取り、一晩置く事で臭みが無くなる。こうして若い料理人に教えている話ですね。